僕が「ピクッ」となる瞬間

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海外の方との仕事で僕が気をつけているのが『言葉の意味合いについて相手との認識に差がないか』という点です。

ある言葉に対して、そのイメージや解釈に差があると相手との間で誤解が生まれ、仕事の効率や生産性に大きく影響します。



オムレツのように具体的に「目にみえる」ものならまだしも

非常にやっかいなのが「形容詞」「副詞」の部分で、それぞれの言葉に含まれる意図やイメージが抽象的で「目に見えない」のです。



くだらない例かもしれませんが、バーベキューで僕がうまうまとステーキを食べているとき、誰かが

「コウイチ、もっと食べる?」

と聞いてくれることがあります。

「うん、ちょうだい!」なんて調子こいていると、ドカっと熊の手みたいな肉のかたまりが置かれたり。

「もっと食べる」と言っても、僕は最初にもらったお肉の半分ぐらいをイメージしていたのに。



ある国で秘書さんの結婚式に呼ばれたとき

「あんまり人を招待してないの」

と面目なさそうに秘書さんが言うので「30人ぐらいしか呼んでないのかな?」と思っていると、当日150人ぐらいワンサカ人が来ていたり。

「親戚の結婚式では300人以上招待してたのに、私は本当に恥ずかしい」と秘書さんのお父さんにしみじみ言われて唖然となりました。

僕の結婚式では50人しか呼ばなかったことはさすがに言えず。

 

仕事の例では、つい僕が日常的に言ってしまうこととして

・『もうちょっと』エクセルを勉強した方がいいかもね

僕の意図は「エクセルの使い方がひどすぎる。もっと使えるようになってちょうだい」


・『今回は』やめにしましょう

僕の意図は「この案はダメ、これからも無理」


・『しばらく』考えさせてくれる?

僕の意図は「もうこの件は考えない、おしまい!」


このようについ日本人のクセで相手が気分を害さないような、意味を和らげるような形容詞や副詞をつい使ってしまうことがあります。

その結果、僕の意図や指示は全然伝わりません

相手はエクセルを勉強している素ぶりが全く見えませんし、同じ提案を繰り返し言ってくるスタッフがいるのです。

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さらに、これまで僕が仕事でつい誤解してしまった痛い例でいえば

・これは面白いね『interesting』

相手は「まあまあだな」の意味で言っていたのに、「面白い」と言ってもらえたので僕はアイデアが受け入れられた!と有頂天に。でも結局ぜんぜん考慮してもらえていないことがわかって相当凹みました。


・柔軟に対処します『flexible』

相手は「いろんな条件を満たす限り柔軟に」と言っているのに、僕は相手がなんでもこちらの思うように「柔軟に」やってくれると勘違い。あとになって業者を変える必要が出てきて、ものすごい回り道を余儀なくされました。



そんな経験をして以降、僕は形容詞と副詞が出てくるとつい「ピクッ」とするようになったわけです。

形容詞・副詞には価値観や意図、期待など、言葉の裏に「目に見えない」ものが潜んでいることがあるということです。

だから相手が使っている形容詞や副詞の部分をさらっと流してしまうと、そこでついその言葉に対する自分の解釈やイメージをはさんでしまいます

そうして相手が意図していること、相手が期待していることなどを見落としてしまったり、お互いの解釈の違いが生まれトラブルの元になったり。

大事なのは、よく言われますが

できるだけ言葉に落とし込んで、言葉でイメージを合わせていくことだとつくづく感じます。