異文化適応のプロセス:見えているけど、聞こえていない

異文化適応-オッペンハイマー

何なんだろう、この人たちは…海外の方と仕事をしているとき、そう感じる瞬間はありませんか。

・会議で忌憚のない声を聞きたいのに、誰も発言しない。
(僕は現場の人たちが何に困っているか正直な話を聞きたいのに、僕の耳に心地いい話しか聞こえてこない)

・約束の締切や期日をいとも簡単に変更してしまう。
(契約書に書いてある期日を、謝罪もなく勝手に引き延ばそうとする)


自分の期待通りの反応が相手から得られななかったり、相手がこちらの常識では考えられない行動をする。

そんなとき、相手に対して無意識のうちに違和感や苦手意識を持ってしまうのです。




最近はじめて映画『オッペンハイマー』を観ました。

その中で、オッペンハイマー博士が若かりし頃、彼に影響を与えた教授が投げかけた言葉がとても印象に残りました:


***
代数というのは「楽譜」だ。

重要なのは「楽譜」が読めることではない、
『音楽』が聞こえるかだ。

君は『音楽』が聞こえるかね?
***


この言葉は、グローバル環境での仕事やコミュニケーションにもそのまま当てはまると感じました。


僕たちは相手の

・発言
・話し方
・仕事での行動、取り組み方

といった「見えているもの」で相手を判断してしまいます。


でも、相手の言動の裏には

・相手の価値観や信念
・仕事を進める上で前提となっている考え方

・相手にとっての常識
・相手の組織上の立場

・仕事に取り組む動機
・周囲からどんな評価を得たいと思っているか

といった【目に見えないもの】が必ず潜んでいます。


そして、それを判断している僕の中にも【相手には見えない】前提があるということです。




相手に対して嫌悪感や違和感を感じているとき

それは相手が奏でている『音楽』までは聞こうとしていないだけなのかもしれません。

また逆に、あなたが奏でる『音楽』が相手には届いていない、聞こえていないのではないでしょうか。




映画『オッペンハイマー』から考えたこと。

異文化理解や異文化適応とは、目に見えている違いを分析することではなく

その奥にある「聞こえていないもの」「相手の音楽」に耳を澄ますことだと改めて思い至りました。


相手が奏でる『音楽』とあなたが奏でている『音楽』がお互いに聞こえない限り

どれだけ目に見えているところで対策をしても、信頼を築いたり、効果的な仕事を進めることは困難です。

あなたには相手の『音楽』が聞こえているでしょうか?