異文化適応に「100点」はいらない

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【異文化適応に「100点」はいらない】 
海外のメンバーと信頼関係を築く。チームを率いる。そのために求められる「異文化適応」。

それは「相手の期待通りに振る舞うことだ」と考えられがちです。 

相手にとっての「常識」を理解し敬意を示すこと。

相手の期待に応えること。

グローバルに仕事する、海外の人たちと仕事をする上ではそのように「異文化適応」しなければいけないと言われます。




でも、現実はそんなに単純ではありません。

例えば、欧米圏のメンバーとの会議の場面。

相手がこちらに期待していることは

・自分の意見を言うこと。

・わかりやすく発言すること。

それができるのが「100点の行動」です。


でも実際には

・こんなことを言ったらバカだと思われるのでは?と不安になり、意見を引っ込めてしまう

・そもそも話についていくので精一杯で、自分の意見がまとまらない
(「今の議論、どこからそうなった?」と心の中で3回くらい聞いている)


そうやって会議で何も言えずに終わってしまう。

異文化適応は、「100点」を意識した瞬間に動けなくなることがあるのです。




会議で周囲の期待に応えられなかった自分、思うように異文化適応ができない自分を省みて

「僕は海外に向いていないんだ」

「海外の人と対等にできるようになるまで海外に出るのはやめよう」

と、かつての僕も一人で殻に閉じこもっていたことがあります。




でも実際の現場では「常に100点」が求められているのではありません。

言い換えると、相手の期待には「幅」があるのです。

会議で何も発言しない「0点」と、鋭い意見を出す「100点」のあいだには無数の選択肢があります。

例えば、

・誰かの発言を、自分の言葉で言い換えて確認する。

・わかりきったことでも、あえて質問をする。

・議論を「交通整理」してみる。

どれも「100点」ではありません。

でも、「0点」でもない。


そして会議で他の人たちの様子をよく観察してみると、全員が毎回「100点」の行動をしているのではありません。 

多くの人が「0点」と「100点」のあいだで動いています。

だから「異文化適応で100点を!」と気負わなくていいのです。

こうした「期待には幅がある」という感覚は、仕事以外の場面でも同じです。

例えば、僕が帰国したときに必ず立ち寄る定食屋さんがあります。

・旬の魚が炭火で焼かれてとってもおいしい。

・添えられたお漬物も素朴な味でおいしい。

・でも、いつも混んでいて騒がしい。

・ご飯が運ばれてくるのに時間がかかる。

それでも僕はどうしてもそこに通ってしまうのです。

つまり、人の価値や評価というのは、あるひとつの要素だけで「100点かどうか」が決まるわけではないということです。




これは仕事でも同じではないでしょうか。

もし会議で「20点」しかとれなくても、その評価を挽回する機会はいくらでもあります。

・チーム内で滞っている情報共有や調整役を担う

・手が足りなくて困っている他のメンバーに手を差し出す

・自分が持っている経験や技術力、専門知識など

あなた自身が持っている長所、得意なことでチームに貢献できること、価値を生み出せる場面はいくらでもあるのです。

だから「異文化適応・100点満点」でいつも応えなければと気負わなくていい

相手にとって何が「0点」か、何がタブーかを知ったうえで、それだけは避ける。

まずは、「0点」と「100点」のあいだに一歩踏み出すことです。




もちろん異文化適応で「100点」を狙う姿勢、自己研鑽の努力を僕は否定しているのではありません。

でも、もし自分の中で迷いや抵抗を抱えているなら、その弱さを自分で認めつつ前を向く。

置かれた環境の中で、自分ができることを武器に少しずつ関わっていくこと。

それが実際の現場での「異文化適応」だと思っています。